トランプ大統領が使用した「抗体カクテル」は中絶胎児の細胞を使って作られた

新型コロナウイルスに感染したかと思えば、異常な速さで復帰──と世界を驚かせ続けているドナルド・トランプ米大統領。
その入院中に使われた薬に注目が集まっている。だがその薬には、トランプ政権とその支持者たちのイデオロギーと真っ向から対立する倫理的問題があった。
英「ガーディアン」紙が指摘し、世界的に反響を呼んでいる。

ドナルド・トランプ米大統領が、新型コロナウイルス感染症の「治療剤」になる見込みがあると喧伝し、感染した本人も使用した薬は、人工妊娠中絶から得られたヒト細胞を使って開発されたものだった。
大統領とその支持者たちの多くは、中絶反対の立場だ。

この薬は、バイオ医薬品会社「リジェネロン」が開発したモノクローナル抗体カクテルだ。
大統領は入院中、この薬を「例外的使用」という条件のもと、点滴で8g受けた。

いまのところ、新型コロナウイルス感染症の治療剤はなく、この薬も認可されていない。
この薬の開発に使われた幹細胞は、「HEK-293T」細胞として知られ、さまざまな研究所で使われている。
この細胞はもともと、1970年代にオランダでおこなわれたある人工妊娠中絶で得られた胚腎臓から取り出されたものだ。

トランプは一貫して、妊娠中絶を規制しようとしてきた。最近、最高裁判事にカトリック教徒で保守派のエイミー・コニー・バレットを指名したこともその一環だ。
反中絶運動は、最も熱心なトランプ支持層でもある。
共和党の2020年の綱領は、ES（胚性幹）細胞研究に反対の立場を明確にしており、そうした研究に国家予算を投入することを中止すべきだと訴えている。

トランプはすでに、ES細胞を使った研究をイデオロギー的な理由で制限している。
2019年、トランプ政権は、政府科学者たちがES細胞を使用した研究に取り組むための資金を停止した。
「サイエンス・マガジン」によれば、この分野での損失額は約3100万ドル（約33億円）に上るとされる。

2020年1月、トランプは支持者たちにこう語りかけた。
「われわれは胎生組織の研究に国家予算を注ぎ込むのを止めた。誰もがとても重要だと感じていたことだ。われわれは中絶賛成ロビーに立ち向かっている──いまだかつてないくらいにだ」

https://news.yahoo.co.jp/articles/f0c95b6e0c6173bfa002cbdb66714964f874ae78

同社広報のアレクサンドラ・ボウイは「MITテクノロジー・レビュー」の取材に次のように答えている。

「どう解釈するか次第ですが、現在使われている293T細胞系は胎生組織と見なされていません。胎生組織であればわれわれは使いません」
この件について、アメリカで反中絶運動を牽引する団体「スーザン・B・アンソニー・リスト」にコメントを求めたが、いまのところ返答はない。

だが、反中絶運動は、ほかの新型コロナワクチンの開発をめぐる議論に加わってはいる。

ワクチン候補の少なくとも5つで、HEK-293T細胞か、もしくは製薬会社「ヤンセン」が開発し独占所有権をもつ細胞系（1985年の中絶から採取）が使われている。
2020年4月、有力な米カトリック司教協議会は米政府に、そうした細胞を使わずに開発されるワクチン候補を「奨励」するよう書き送った。
「サイエンス・マガジン」が報じたこの書簡には次のように書かれている。

「アメリカ人が、倫理的に製造されたワクチンを利用できることが極めて重要だ。この致死性がありうるウイルスの予防接種を受けるか、
自らの良心に背くか選ぶことを強いられるアメリカ人がいるべきではない」

リジェネロンは長年、米政府と組んで、モノクローナル抗体療法の開発を進めてきた。
感染症学会誌に掲載されたある研究によれば、リジェネロンと米政府の研究者たちは2018年、エボラウイルス治療法の開発のために同じ系列の幹細胞を使っている。

リジェネロンは、2020年4月に次のような声明を出している。

「こうした幹細胞を使った研究があることで、複雑な病気をモデル化し、新薬候補をテストすることが可能になります。

こうした研究は、新しい科学的知見を引き出すうえでも有益で、ゆくゆくはそれが深刻な病気を抱えた人々のための新たな治療法の発見につながるかもしれないのです」
トランプ大統領に投与されたリジェネロンの薬は、一般市民が利用できるものではなく、被験者はいまのところ275人しかいない。
同社の抗体カクテルと同クラスの治療法は平均で9万6000ドル（約1000万円）以上がかかる。

トランプ政権は、アメリカ国内外での妊娠中絶を制限しようと組織的に動いてきた。
1973年に女性の人工妊娠中絶の権利を認めた最高裁判決について、マイク・ペンス副大統領は次のように発言している。

「『ロー対ウェイド』判決が歴史の灰だまり送りになることを私は切望しています」