北海道から沖縄までいろんな地方都市を巡った結論だ
斜陽化している地方都市にはかならず失敗の法則のような共通点がある。そして、その特徴をそのまま裏返せばそのまま「活性化する地方都市」に必要な要素にもなるんだ
真面目に話すわ
たとえば財政破綻した夕張市や、日本一人口が少ない歌志内市はもともとは炭鉱によって人が大勢移住して市に昇格し、炭鉱が閉山したことで街が滅んだ
このように1つの産業、1つの企業によって成り立っている企業城下町のような場所は、その産業が失敗したらほかに食い扶持がないのでかなり危ういんだ
北九州市なんて九州初の100万都市だったが八幡製鉄所がオワコンになったら人口が激減し、2004年まで100万人いた人口はいまではもう90万割れ目前だ
とくに西日本の瀬戸内海沿岸の地方都市は危険だと思う。製造業、1企業依存型の都市があまりに多すぎる。企業が生産拠点をアジアに移して久しい時代に、工場でメシが食えるわけがないのに
人口はとうに10万割れし、いまでは苫小牧、帯広に抜かれて6番手である。それすら危ういかも
たとえば隠岐諸島のように、産業のなかった離島でも、UIターンで若者を集めて積極的に起業支援させることで将来の食い扶持を模索しているところが多い
市内に有力企業は1つもなくても、若い世代が将来につながる会社をどんどん立ち上げているほうが、将来の食い扶持を確保するうえでまだ未来があるでしょ。どれかが1つ躓いても、少数若者のビジネスにすぎないし炭鉱閉山みたいな巨大な負債を抱えるわけでもない。成功すればこっちのもの
前橋や福島(市)や山口(市)のような県庁所在地ではあるけど県内最大都市ではない地方都市はその典型であるが、県内最大都市ではないので県民みんなが集まらなくなる。しかし地元は「俺たちは県都でーい」とどんど構えてしまいがち、
仕事はしないのに口だけは出してくるポンコツ老害みたいなクソみたいな存在になってしまうのである
この中途半端な地位はほかにも田舎県における県南部とか県北部とか「県内の○○地域の代表都市」とかもそうだし
富山県高岡市みたいに「明治時代に日本で初めて制定された市の1つ」という細かすぎるプライドみたいなのもある
そんなの全部ウ●コなんだよ。だって東京から見れば、地方なんて村レベルも県庁所在地もみんな「田舎」で一緒なんだもの
そしてこの広域的視座は東京人、都会人様に認めてもらおうとか、世界中からインバウンドを集めようということに限らない
「中の人」であるはずの県内住民者の視座からみても、失敗する地方都市は人口や都市規模を誇る割に、市政や地元のまちづくりが「地元市内ありき、市単体ありき」なのでうまくいっていないんだ
たとえば根室市は根室半島の先っちょにあり、アクセスが悪く根室支庁地域の人たちが集まるにはあまりに悪い立地だった。根室本線は鈍行だけで札幌を結ぶ優等列車もない
結果何が起きたか。根室支庁の中心都市は内陸部にある中標津町になってしまったんだ。中標津町は郡部で中心地的な変なプライドもないのだが
中標津空港があって札幌からも東京からもアクセスできる立地の良さ、支庁内各地から陸路で行きやすい拠点性で支持され、今では人口はほぼ変わらない
根室市は市なのに人口2万人しかいない。これは沖縄県読谷村の村民人口4万人の半分程度。ほぼ村だ
城下町の伝統的な風情は一切残ってなければ東京や海外からくる観光客には意味がない。結果そういう場所はもれなく閑散としてシャッター化している
歴史があるにもかかわらずなぜ風情が残ってないのかというと、「城下町」であることよりも「○○という地域の中枢で栄えていた」という失われた栄光に重きを置きすぎているからだ
なので、「自分たちは立派な都市なのだ」と思い込んで、身の丈知らずに巨大なハコモノを建てたりして、高度成長期やバブルの乱開発で街並みがめちゃくちゃになったんだ
そのくせ新幹線から見える場所に巨大なバブルの塔があるのよ
こんな地方都市にこんなビルなんか作る価値あるかと思って現地出身者と街歩きしてたんだけど、浜松城の天守に行ったときにふと気づいたのよね
「あ、このバブルの塔って、現代版の浜松城のつもりなんじゃないか」と
かつての城主が街を一望する立派な天守を築いたことで自尊心を満たしたように、和風情緒を残すのではなく、そのような権威的な欲求を満たす方向性に「城下町のDNA」が受け継がれた結果ここは滅んだんだなと思ったの
だがそのプライドが邪魔をするせいであることに気づけなかった。それは関門海峡の北東端に位置し、九州全体のアクセスに悪かったということだ
ゆえに栄えたんだ
イオンモールが田舎の街はずれや村に出店しても繁栄しているのは、そういう場所はインター沿いやバイパス沿いで、
県内広域から集まりやすいからでもある
「たまたま交通の乏しい時代に、江戸時代からの惰性でその地域の中心都市だった」だけなのに、他社を引き付ける特別なパワーがあると思ってる場所は勝手に滅ぶのである
たとえばローカル線が廃線危機がある地方都市ほど、JRとローカル線がほぼ並行しているんだ
私鉄は赤字、JRも赤字路線。そりゃ共倒れするよね
ビジネス的に上手くいっているとはいえなくとも、そこに住む人たちの精神的な拠り所という意味では成功しているのかもしれない
そこで生活する人が、生きる意味を見失わず、仕事なり地域活動などをして一生を終えてくれれば、街の機能としては一定基準をクリアしているという考え方もできるかもしれない
それが先祖代々の田舎と、地方とは言え利益のために利用して余所者が集まった地方「都市」の違いだ
前者は、不便でも、特別な思い入れの意識があったりするし、しがらみとはいえ地元の仲間がいて満たされていたりする。衰退もそりゃひどいが、地域活動が上手く次世代にバトンを渡せている
家業を継ぐことが「使命」で上京する気はさらさらない、という人が長男あたりにはまだいるからだ
そういうのが一切いないのが地方都市。そりゃみんな東京出て終わりだ
交通系ICが大量に乱発されて全部オワコン化する地方都市もある
にもかかわらずデパートが市内に2つもある地方都市もおかしい
そりゃカニバリズムが起きる。どっちも半端になって客が分散して共倒れだ
早いうちに1つに集約すべきである
結果地域が衰退する。これは同業同士の競合だけではない
市と県が張り合って立派な市立体育館と県立体育館を同じ県庁所在地(立派つってもしょせんは人口30万くらいのしょぼい都市)に作る「二重行政」にもいえることだし
行政と交通会社がバチバチに敵対した結果路面電車を全部引っぺがしてゴーストタウンになった岐阜市にもいえる
たとえば山形に初めて来た人は、米沢市とか上山市とか天童市とかの区別がつかないだろう。極めつけが酒田と庄内
新幹線を延ばし、同じような駅を作って同じように再開発したからだ「オラが村」という発想だ
隣の秋田にしても、横手と湯沢、大舘と能代、何が違うかわからない小都市が無数にある。みんな似たり寄ったりだ
近視眼のライバル意識ばかりが起きて、向こうが立派なホールを作ったのにこっちがまだみすぼらしい施設のままはよくないと、上っ面のコピー品だらけになる
結果、古き良き街並みが消えて、ただのハコモノ地獄になる
もっというとそういう「県庁所在地クラスの都市」が山形市も青森市も秋田市も盛岡市も変わらなくなってしまう
盛岡に○○があるのに福島にないのなんて恥ずかしいと、そういう発想になる
他の自治体を意識できているではないかとツッコミが入りそうでもあるが、これは広域的視座ではなく中途半端な地位にとらわれ、自己完結的なくだらないプライドを満たすための自慰的発想でしかないのだ
活性化する地方都市は「○○市には立派な文化ホールがあるのなら、音楽イベントの誘致ではかなわない、うちは向こうにはない美術館をつくろう」となる
ただ論文書いてもアカデミシャンだけに読まれて承認欲求満たして終わりで、意味がない
俺は彼女がいるから承認欲求はない。それより俺の気づいたこの真理を多くの人が共有したい
将来滅ぶしかない地方都市からいち早く逃げてほしいし
逆に地元を立て直したいなら、課題抽出と活性化の参考にしてほしいし
地方リモート移住を考えてるなら移住先の選ぶ基準に生かしてほしい
何でも中途半端なクオリティのものが寄せ集まっているコングロマリット型の都市経営ではない
「ウチは中核市だけど市立美術館がない。けど、そのかわりにものすごく由緒がある立派な神社があって全国からの参拝客で初詣は大賑わいになるんですわ」これでいい
人類滅亡まで永久に残り読んでもらえる
それが論文
イオンモールやラウンドワンにいるマイルドヤンキーは論文読まないから
じゃあ、街頭に出てスピーカーもって喋ってこい
「演説を聞きたがる人」しかこないだろ
2.中途半端な地位にとらわれ自閉的でちんけなプライドがある地方都市は滅ぶ(広域的視座がある地方都市は伸びる)
3.地域内で不要な競合が起きている地方都市は滅ぶ(1本化して協調し、官民協働などの異業種の連携ができる地方都市は伸びる)
この3つです。滅ぶ地方都市、旅行に行く価値もないつまらない地方都市はみんな前者、住むのによくて観光地としても面白い活性化しているのは後者
これがどこかでまとまったらSNSで届くだろ
長野市が素晴らしいのは「善光寺の門前町」というコンセプトがはっきりあるからだ
長野に「原宿」はない。「渋谷」と同じものはスクランブル交差点と東急百貨店くらいしかない。けどそれは都会じゃないから、最初から求めても無理なものだ
長野はミニ東京を目指していない
長野市が唯一無二である、世界でただ1つのこの街の独自性は何かということを自覚したうえで
徹底的にまちづくりをし、ウォーカブルな都市形成に成功したからに他ならない
読んでないけど上げに協力してやるよ
おととし四国に行ったとき「人口最多の松山市がなぜ衰退都市で、人口では格下の高松市がなぜ四国の中心として活性化している都市なのか」を見てもやっぱりこのセオリーは正しいと思う
批判者は俺が言ってることは北関東や東北、せいぜい甲信越や北海道でないと通じない東日本だけの地方都市論だといってくるが
に市も含めて地方都市はシャッター化しているんだ
限られた予算、財源で何でもやろうとする。全部が中途半端になって金太郎飴の「なんでもあるけどなんにもない」地方都市だらけになる
こんなクソ田舎にこんなハコモノ作って誰が来るんだよ(実際誰も客がおらず赤字)というのばかりになる
一方、すぐれた地方都市は、その街の大切にすべき独自性は何か、その強みを生かした伸びしろは何かを考えてそこに資本を投下するのでうまくいくんです
今まさに半導体バブルでウハウハやってアドレナリン全開でドーパミンとまってない熊本も単一産業依存型経済なので相当危ない
そんなに昔のことではない。あれほど「世界の亀山」で地元活性化で大きく話題になったシャープの亀山市がその後どうなったかとか
そういうことを考えると、産業を「自治体の食い扶持や呼び水の1つ」にするくらいならいいが、会社の撤退後も考えずに「全ベッド」しちゃうような地方都市は絶対に永住してはいけない。数年だけ滞在して稼げるうちだけ稼いで辞め時で出ていくみたいな流浪の民のようなヤクザなビジネスやってる奴は知らない
松山市はだめな地方都市の特徴全部がそろってるし、衰退地方都市あるあるの失敗施策、しくじりまちづくりを全部現在進行形でやってる
手遅れですご愁傷様。たまたま先祖代々の実家が松山だった人は、親が死んだら実家をうっぱらって高松か岡山か大阪か東京に出るといいよ









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