かつては冬の恒例行事として、多くの小中学校で行われていたマラソン大会。しかし近年では廃止や順位を競わない記録会に変えるなど、各地で見直しの動きが広がっています。マラソン大会が減少する背景には、何があるのでしょうか。保護者や教師の声を聞きました。
■「苦手な子がさらされ体育嫌いの要因に」 大会廃止を支持する教員の声
真冬でも半袖短パンで走る子どもたちに、「がんばれー」と声援を送る保護者たち――。こんな風景が姿を消そうとしています。コロナ禍以降、保護者が参観できる従来のマラソン大会がなくなり、「上の子のころのように見に行けなくなった」というのは、大阪府の40代女性です。現在、小学5年生の下の子が通う小学校では、行事としてではなく、体育の授業の中で「マラソン大会」が実施されているといいます。
「『マラソンどうなん?』と聞いたら『しんどい』と言ってました。楽しめているかといわれると、正直微妙そうです。真冬に半袖短パンで走るのはなかなかきつそうですし、なくなったら喜びそうですね」と打ち明けます。
コロナ禍を機にさまざまな角度から見直されている学校行事。運動会や音楽会は規模を縮小し、カタチを変えて開催されるなか、「廃止」の流れにあるのがマラソン大会です。
「マラソン大会はコロナ禍で中止になって、そのままなくなったと聞いています」と話すのは関東地方の公立小学校に務める30代男性教員です。男性の勤務校では、体育の授業で持久走は実施するものの、マラソン大会に代わるものとしては、11月の体力アップ月間で、休み時間に週2回走る程度だといいます。
「マラソン大会は古い文化が残り続けているだけであって、運動が苦手な子の様子がみんなの前にさらされて、さらに体育嫌いになる要因になっているようにも感じます」と男性は指摘します。
ただ、同じ地域にある周囲の小学校では今もマラソン大会が残っており、地域の6年生が対象の駅伝大会も開催。地域の足並みは揃っていません。
■5分で終わる「競わない記録会」という選択
小学校体育の持久走は、低学年で2?3分、中学年で3?4分、高学年で5?6分程度が目安とされており、これらの時間内にどれだけ走れたかを記録する「記録会」を実施する学校もあります。「マラソン大会は2年前からだいぶ簡略化して、順位をつけない持久走記録会になりました」と話すのは関東地方の公立小学校に勤める30代男性教員です。遅い子が“さらし者”にならぬよう、学年ごとに決められた分数を走って距離を測る「記録会」に姿を変えました。体育主任を務める若手教員が中心となり、学習指導要領に沿った見直しが進んだといいます。
「行事として今も保護者に公開はしているものの、以前のような競争ではありませんし、日頃のがんばりを見せる“お披露目会”の要素が強くなりました。走る時間も4分(中学年の場合)とあっという間なので、もう保護者参観もなくていいんじゃない? という感じです。上の子でマラソン大会を経験してきた保護者からは、『さみしいけど時代ですかね』という声はあります。見直しに反対する教員はいませんでした」
■授業では経験できない、大会の醍醐味
一方、従来のマラソン大会を続ける学校もあります。九州地方の20代女性教員が勤務する公立小学校では、最後の走者まで順位をつけるマラソン大会を毎年実施しており、女性は「子どもたちが授業とは違った経験ができる」と開催の意義を実感します。「イベントの準備は教員にとって大変ですが、思った通りの結果が出ても出なくても、保護者が見守るなか、子どもたちが全力で走ってそれぞれがきつい状況を乗り越えていく。それも大事な経験じゃないかなって思うんです。低学年が高学年の頑張りを見る機会にもなります。授業内で走るだけではもったいない」と話します。
マラソン大会が近づくと欠席が増える子もいる一方、順位がつくことでやる気を出し、大会に向けて放課後も練習を重ねる子どもたちも少なくないといいます。
「人と比べるのではなく、『前より順位が上がった』『目標にしていた人に追いついた』といったように、自分の中で比べればいいのではないかな、と思います。こうした学校のイベントがどんどんなくなっていったら、子どもたちにとって学校はつまらないところになってしまいそうです」
■判断に学校差や地域差 安全と働き方改革が見直しを後押し
廃止か、規模縮小か、継続かーー。 判断に揺れるマラソン大会や持久走大会について、「確実に減ってきている」と話すのは、学校の体育事情に詳しい椙山女学園大学教授、佐藤善人さんです。※以下出典先で
AERA with Kids+ 2026.2.10
https://dot.asahi.com/aerakids/articles/-/275378
やれよ
俺がガキの頃は冬になると校庭一周走るごとに自己申告のスタンプみたいなの押してどれだけ走ったかで
休み時間毎回使ってたりしたけど今思うとアホくさいことこの上ないな
次の授業の準備時間に走ってるのが当たり前の環境とか
学校のマラソン大会って
まぁそうなんだけども、それ言ったらテストや補習、美術音楽技術家庭とかも一緒なんだわな
足らないもの、苦手なもを知ったり、評価によって恥をかくのもまた教育では必要な通過儀礼ではある
暴力だろ
1人1人を厳格に計る意義があるんだろうし
辛い思いして何位でしたとか聞きたくないよな
自分のペースで継続すればわかりやすく成果の出る実に教育的な運動なんだよな本来
だけど大した訓練もせずいきなり長距離走らされてあげく順位でプレッシャーかけさせる
これじゃ嫌な記憶しか残んないよな
日本の体育教育は運動嫌いを作るだけの間違った教育と言わせてもらおう
確か12kmぐらい走ったかな
山間を走ったから高低差がきつかったわ
初めから順位なんて気にしないでみんなとのんびり散歩してたわ
学校でってことなのか
一位なら特に
だから時間無制限でどこまで走れるかの競技にするべき
もちろん歩いたり止まった時点で終了
教師の準備が大変なんじゃね
ずっと待ってなきゃならないし
東大文一現役合格、日米の弁護士資格餅
元官僚の山口真由タンも言ってる
マラソンは脳筋育成以外の意味もある
もちろん根気育成にも役立つだろう
最後にあんな理不尽な競争が待ってるのに学生時代までは極力順位争いを避けるぬるま湯につける
楽して生きてこうってやつら多すぎ
それで移民反対いいまくってるのもこの辺だし





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